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所長の小部屋

所長の独り言

War may break out at any time.(2021年7月6日)

 日本国憲法は、War Ⅱ の敗戦の結果制定され、1946年11月3日公布、1947年5月3日施行された。なぜ、11月3日に公布されたんだろう?

(前文)
 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起きることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。…

とある。気になるところが3つある。
 1.正当に選挙された…
 2.政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起きることのないやうに…
 3.主権が国民に存することを…

 現在の日本政府の有様をみると、疑問符が脳裏に浮かぶ。
 みなさんは、どうでしょうか?
 新聞やテレビに代表されるメディアは真実を我々国民に伝えているでしょうか?
 どう思われますか。

 世界に誇れる我々の憲法をベースに、今の日本の姿について、シリーズ形式で考えてみたい。

 今回は戦後6年たった1651年1月に記された石垣りんさんの詩を紹介します。
     「雪崩のとき」
人は
その時が来たのだ、という
雪崩がおこるのは
雪崩の季節がきたため、と。
武装を捨てた頃の
あの永世の誓いや心の平静
世界の国々の権力や争いをそとにした
つつましい民族の冬ごもりは
色々な不自由があっても
またよいもでのであった。

平和
永遠の平和
平和一色の銀世界
そうだ、平和という言葉が
この狭くなった日本の国土に
粉雪のように舞い
どっさり降り積もっていた。

私は破れた靴下を繕い
編み物などしながら時々手を休め
外を眺めたものだ
そして、ほっ、とする
ここにはもう爆弾の炸裂も火の色もない
世界に覇を競う国に住むより
この方が私の生き方に合っている
と考えたりした。

それも過ぎてみれば束の間で
まだととのえた焚木もきれぬまに
人はざわめき出し
その時が来た、という
季節にはさからえないのだ、と。
雪はとうに降りやんでしまった。

降り積もった雪の下には
もうちいさく 野心や いつわりや
欲望の芽がかくされていて
”すべてがそうなってきたのだから
仕方がない”というひとつの言葉が
遠い嶺のあたりでころげ出すと
もう他の雪をさそって
しかたがない、しかたがない
しかたがない
と落ちてくる。

嗚呼、あの雪崩、
あの言葉の
だんだん勢いづき
次第に拡がってくるのが
それが近づいてくるのが
私にはきこえる
私にはきこえる。

【朝鮮戦争】
 1950年6月から1953年7月にかけて、朝鮮半島を舞台に、国連軍と北朝鮮・中国軍との間で戦われた戦争。

【警察予備隊】
 第2次大戦後に、日本が保有した最初の防衛力。1950年朝鮮戦争勃発と在日米軍の朝鮮半島への出動によって、生じた軍事力の空白を埋めるため、7月8日マッカーサーは、7万5000人の警察予備隊の創設と海上保安庁定員8000人の増加を指示した。
 政府は8月10日、警察予備隊令を公布し、警察力を補い、治安維持をおもな任務とする警察予備隊を新設した。
 1951年からは、旧軍将校の追放を解除、入隊させて幹部の充実を図り、1952年には11万人への増員が決定し、同年10月保安隊に改編された。

【自衛隊】
 内閣総理大臣を最高指揮監督者とする現代日本の防衛組織。
 MSA協定での日米の合意を背景に、1954年6月9日防衛庁設置法、自衛隊法(防衛二法)が公布され発足。
 「直接侵略及び間接侵略」からの防衛を任務とし、保安隊、(海上)警備隊の改編と航空自衛隊の新設により、陸・海・空3部隊が組織され、関連諸機関も整備された。

 こういう時代背景を知ったうえで、もう一度「雪崩のとき」を読んでみてください。

谷川 俊太郎からの手紙(2021.1.7)

 伸びやかな感受性と研ぎ澄まされた言語感覚で詩作を続ける国民的詩人 谷川俊太郎さん。1931年生まれだそうで、今年90歳。東京杉並に住み、詩作に励んでおられる。
 実は、谷川さんは詩よりも先に音楽に目覚めたそうで、初めて買ってもらったレコードは「海ゆかば」だったそうです。
 私の場合、「谷川俊太郎」といえば、
  ・小学校の教科書にのっている「スイミー」の翻訳
  ・大好きだったテレビアニメ「鉄腕アトム」のオープニング曲の作詞
 を思い出す。
 詩は、時代が反映されているという。
 コロナ禍の2020を生きて、書いた谷川俊太郎さんの詩を紹介します。
 ❍                                ❍
        いつでも山が
      元朝の見る物にせん富士の山     宗鑑

   思い出すのではない
   忘れることができないだけだ
   いつでも山がそびえていて
   麓ではまばらに人が立ち働いている
   物語の中ではない
   故郷の匂いに満ち
   時を忘れた一つの情影
   言葉で書くしかないまぼろし

   世界を少しずつ削いでゆくのが
   歳を重ねるということかも知れない
   どんな言葉ももどかしいそこに
   山があり川があり流れ人が生きている
   子どもが描いた拙い絵の中に私はいる
   分別くさく満足と諦念を分けたりはせず
   ただ深い讃嘆の念をひと知れず抱いて
   私は虚空におめでとうと言う

 ❍                                ❍
 谷川俊太郎の「詩」を無性に読みたくなった。
 2021年は、新しい日本を創る絶好のチャンスだと思われます。
 一人ひとりが能動的に動くことを時代が要請しているのではないでしょうか。

75回目の8・15「敗戦の日」

 又、暑い日がやってきた。
 忙(せわ)しなく鳴く蝉の声とともに、様々な記憶が蘇るであろう。
 多くの様々な人が、様々な思いで迎えるであろう。
 それぞれの思いは、計り知れない。
 1930年生まれの人は、今年で90歳になる。
 日本の実質的な侵略戦争(満州事変)が起こったのが、1931年である。
 
 私は今日(8・6)で64歳になる。
 戦争の体験は全くない。知識でしか知らない。
 小さい頃、1930年生まれの父と1934年生まれの母から太平洋戦争のさなかの様子を少し聞いた記憶がある。
 それも戦火の中、当時15歳の父、11歳の母が大人たちと必死になって逃げ回った体験談である。
 その時、沖縄では…と重ね合わせて考えると、非情につらいものがある。
 
 8月6日には、広島市に原子爆弾が落とされた。
 そして、小倉に落とされるはずの原子爆弾が、8月9日に長崎市に落とされた。
 一瞬にして焼け野原になった。
 今もその後遺症に苦しめられている人がたくさんいる。
 私の手帳には、いつもあの有名な胸が締めつけられる「焼場に立つ少年」の写真が挿(はさ)んである。戦争の悲惨さを忘れないためである。
 この写真は、ローマ教皇も「戦争が生み出してしまったもの」という言葉をつけて広めるよう指示したものである。
 
 そして1945年8月15日。
 
 戦前の間違った"教育”のもと、日本人のみならず、非常に多くのかけがえのない命が失われてしまった。
 悔やんでも、悔やみきれない出来事である。
 戦争は2度とやってはいけない。これは、日本国民、全員の思いである。なぜなら、日本国憲法(1946年11月3日公布、1947年5月3日施行)の前文にあるからである。
 その第10章を読んでほしい。特に第99条を!!
 地球上から"戦争”をなくす先頭に立つのは、この素晴らしい憲法をもつ我々日本国民なのです。決して、一部の"リーダー”ではありません。国のリーダーと国民がきちんと反省し、世界の国々の人々と力を合わせて、"世界の平和”にむけてたゆまぬ努力をすることが、"今、一番大切で必要なこと”であると思います。自分の子や孫のために。そう思いませんか。
 
 最後に、敗戦時の米第33代大統領トルーマンの言葉を記します。
 猿(日本人)を「虚実の自由」という名の檻(おり)で、我々が飼うのだ。方法は、彼らに多少の贅沢さと便利さを与えるだけでよい。そしてスポーツ、スクリーン、セックス(3S)を解放させる。これで真実から目を背けさせることができる。猿は我々の家畜だからだ。家畜が主人である我々のために貢献するのは、当然のことである。そのために、我々の財産でもある家畜の肉体は、長寿にさせなければならない。化学物質などで病気にさせて、しかも生かし続けるのだ。これによって、我々は収穫を得続けるだろう。これは戦勝国の権限でもある。
 トルーマンは、ポツダム宣言を黙殺した日本に対して、原爆投下を承認した大統領である。

コロナとハンセン病(2020.8.1)

 東京在住の医療関係者の友人Aさんが語ってくれた。
 病気で具合が悪い人が目の前にいたとき、「大丈夫ですか?」って、誰もが言いたくなると思う。本来ならそうなのだと思う。「大丈夫ですか?」の代わりに、「うつるから近寄らないで!」という言葉をかけてしまったのがハンセン病問題。病気になっただけで排除され、治っても死ぬまで隔離され続けたのが、ハンセン病問題。裁判で勝利したのが2001年。「らい予防法」は、1996年まで残っていたことを知った時、今、この時代に?と耳を疑ったのを覚えている。
 
 しかし、同じことが起きた。COVID-19で、私たちは同じことを体験している。2020年にだ。感染拡大を防ぐことは大事。未知の病気であっても、できるだけ正確な情報をキャッチしていれば、排除にはつながらない。具合が悪くて、病院に来た人を治療したくないという医療者はいない。命の選別をしたい人なんていない。
 
「医療従事者に感謝」に違和感を覚えている人が、どれくらいいるか分からない。私は、自分を犠牲にして働いているわけではない。具合が悪い人にどんなケアが必要なのかを考えるのは、自分の仕事だと考えている。だから、感謝してほしいなんて思っていない。それより、ちゃんと仕事ができる環境を整えてほしい。人・物品・資金があれば、私たちは恐れず、迷わず患者をケアすることができる。
 
 誰が何を怠っているから、いまだに病気になった人たちが排除され、医療者は命の選別を強いられているのだろうか。
 今、あらためて考えている。
 
 ブルーインパルスが編隊飛行をしたのは、5月29日。医療従事者への「感謝と激励」のために行ったと政府は言っていた。手を振っていたのは、自衛隊関係の病院の関係者たちであったそうだ。第2波が来た今、国民を守るために何をしなければならないのか。国のリーダーたちは、科学的データをもとに納得のいく対策を大至急とってほしいものだ。

あなたの教室に、子どものつぶやきはあるか。(2020.7.10)

 先日、A中学校の3年生のBさんが、次のように話してくれた。
 
 学年集会で、「今年の校内実力テストの問題は、過去の入試問題を参考にして作成するので頑張るように」と学年主任の先生が言っていた。
 
 Bさんにとっては、切実なことなのであろう。ハッキリした口調で話してくれた。
 先生方は、子どもたちの"ヤル気”をひき出すために、あえて宣言したのであろう。
 それをBさんはひき受けたのだ。このBさんの"ヤル気”を持続させるための方策を考えているだろうか。高校入試まで8カ月余り。きっときめ細かな"てだて”をいくつか考えているであろうことは、容易に想像できる。
 
 その1つに、日々の授業の充実は入っているであろうか。
 教育実践家であった東井義雄さんは、「村を育てる学力」(1957年発行:明治図書)の中で、
 ・子どものつぶやきが聞こえる。それは、「小学校一級普通免許状」よりも、もっと大切な免許状だと述べて
  いる。
 ・「子どものつぶやきが聞こえなくなっている先生」は、「先生の資格があるとはいえない」とも言い切って
  いる。
 今から60年以上も前のことだ。
 
 実際、授業中教室には、「なるほど」「どうしてかな」「どうしよう」などとひらめいたことを、その場の状況を気にせずつぶやく子どもがいる。内容は、喜怒哀楽の感情だったり、疑問や知的な活動の一端だったりする。それらの内容は、意図して発言したときと比べると、かなり本心に近い。
 つぶやき行為は、自己内対話と言われる。必ずしも周囲を意識したものではない。つぶやきが発せられるのは、その子どもが対象(課題)に「主体的に」関わっている証しだと思う。
 この子どもの"つぶやき”に関して、総合初等教育研究所参与の北俊夫さんは、以下のように述べているので紹介する。
 つぶやきが聞かれる学級は、子どもたちが伸び伸びしている。学びにも深まりを感じる。つぶやきは、授業の質や方向を定める貴重な「教材」である。にもかかわらず、「しばらく黙っていなさい」などと制してしまうことがある。子どもの育ちや伸びを摘み取っていることにならないか。
 最近、つぶやきの価値に気付いている教師、子どものつぶやきに耳を傾け、生かそうとしている教師が少なくなったように思う。子どもの発する何気ないつぶやきが聞こえる教師は、一人ひとりの子どもに耳を傾け、つぶやきをもう一つの教材として生かそうとしている。
 つぶやきに敏感になることは、学習指導の場面だけではない。生活の中でも、子どもの何気ないつぶやきを拾い、その背景や意図を洞察する力量を身につけたいものである。つぶやきは、生徒指導にも生かすことができる。
 
 学年の先生方が、Bさんたちのつぶやきを大切にして、"優しく、厳しく”接する努力を続ければ、きっと"ヤル気”は持続させられるであろう。
 
 

新しい「デモ」の形(2020.6.26)

 少し古い話から出発する。
 第1次世界大戦後、わが国に空前の好景気をもたらした。多くの成金が出現する一方、物価、特にコメの急騰は、都市・農漁村の零細民の生活を圧迫した。
 大正7(1918)年8月3日、富山県の漁村夫人の実力行使がきっかけとなり、米穀商などを襲う米騒動が全国的にひろがった。
 大分でも米価が騰貴(白米1升45銭)し、県民をいらだたせた。そして、生活不安が高まる中、ついに、8月13日に九州で最初の米騒動が別府町で起こった。
 以下は、8月15日付の九州朝日新聞が報じたものである。
 13日午後、「米の廉価を希望する者は、今夜、港町に集まれ!!」と貼紙する者があった。別府警察署は、警戒態勢にはいった。
 午後9時頃、魚市場付近(今の永石通り入口のジョイフルの裏のパチンコ屋辺り)に集まった群衆は、500~600人に達したという。小野署長が説諭して、いったんは退散させたが、再び勢力をもりかえし、二手に分かれて、出発、町内にはいった。群衆はつぎつぎに米穀商をたたき起こし、米価引下げをせまった。御幸町の姫野精米所を襲った一群は、瓦礫(がれき)を投げて、門灯を壊し、戸を破り、ついに"25銭売出し”のビラを貼らせた。
 14日午前零時30分、大分署藤沢保安課長ひきいる巡査20名の救援隊が到着し、午前3時には鎮圧したという。
 
 1918年10月 スペイン風邪大流行
 1920年  2月 官営八幡製鉄所で大ストライキ
               5月 上野公園で日本初のメーデー
 1925年  3月 衆議院で治安維持法可決
 
 しだいに世の中は、弾圧と教育の国家統制により、暗黒の時代へと突入していった。
 ・真実を伝えない"大本営発表!”(メディア)
 ・"欲しがりません。勝つまでは”がスローガンとなりひろがる(自粛警察)。
 ・若者たちは爆弾を抱えてて敵艦に突っ込み靖国へ。
 
 1960年  1月 日米安全保障条約が締結される
 1969年  1月 東大安田講堂に機動隊が突入
 1978年  5月 新東京国際空港(成田空港)開港式
 安保闘争・学生運動・成田闘争などスクラムを組んでの過激な大衆闘争がなされた。
 そして、時代は流れ、「特定秘密保護法、集団的自衛権行使容認、安保法制、そして辺野古…」等々の強権的動きに対して、国会前や現地で全国の仲間による抗議行動がくりひろげられた。
 その中で生まれた若者たちによる「シールズ的、元山さん的」闘い方。沖縄のおじィー、おばァーによる決してあきらめない闘い方。デモの形が変わってきた。
 
 そして、2020年5月8日、新しい「デモ」の形が登場した。
  ※ 5月8日に衆議院内閣委員会で「検察庁法改正案」が実質審議入りした。
 
 「大本営発表」的なメディアの動きを一転させた「Twitterデモ」である。
 このデモの発端とされる5月8日19時40分のあるユーザーの投稿を紹介する。
 右も左も関係ありません。犯罪が正しく裁かれない国で生きていたくありません。この法律が通ったら「正義は勝つ!!」なんてセリフは過去のものになり、刑事ドラマも法廷ドラマも成立しません。絶対に通さないでください。
 
   「#検察庁法改正案に抗議します」
 
 これを受けて、各界の著名人も上記ハッシュタグ付きの投稿を次々と行い、これを引き金にネット上での抗議が急速に広がっていった。11日夜までに、リツイートを含めて、680万件を超えた。
 NHKの「ニュースウオッチ9」の有馬嘉男キャスターが以下のようなコメントをした。
 この法案には数多くの意見と反発が寄せられています。これをどう受け止めるのか。政治が問われています。
 
 閣議決定がなされているので油断はできないが、多くの声を受けて当初予定していた13日の内閣委員会採択は見送られた。ツイッター上の圧倒的な世論が政治を動かしはじめている。
 今の政府は、"コロナ禍”を隠れ蓑にして、悪事を働こうと虎視眈々(こしたんたん)とねらっている。今後も「ツイッターデモ」に期待したい。

DEMONSTRATION!!(2020.6.11)

ここ連日、TVから流れている。
He is dead.
彼の名は、George Floyd
今、世界各地で、抗議集会が起こっている。
もちろん日本でも。
彼は、白人警察官に首を押さえつけられていた。
彼は、policeman に訴えた。
 I can't breathe.
 I can't breathe.
それでも、policeman は、押さえつけることをやめなかった。
8分46秒間も…。
その後、彼は亡くなった。
He is dead.
アメリカで、「黒人に対する差別・偏見」によって起こった事件である。
この「白人警察官」の行為に対して、黒人から抗議の声が上がった。
やがて、黒人だけでなく、様々な人種の人々が抗議の声を上げ始めた。
もちろん「白人」も一緒になって、抗議の声を上げた。
 BLACK LIVES MATTER.
デモに参加していた白人が言った。
「これは黒人だけの問題ではない。我々自身の問題である」と。
当事者として、怒りの声を上げた。
今までにない抗議集会だと、闘いだと感じた。
「声」に共鳴し、州政府が動き始めた。
デモ参加者の一人ひとりの小さな多くの「声」が州を動かしたのである。
日本国内にも沢山の「差別・偏見」が渦巻いている。
たとえば、部落差別の問題やハンセン病の問題や沖縄の基地問題に対する無関心等である。我々がこれら1つ1つに対して、「当事者」として向き合っていないからではないだろうか。
「当事者」として、向き合っていないから、いつまでたっても解決しないのではないだろうか。
何事も、「当事者」としてとらえなければ、本気の「怒り」はわいてこない。
本気の怒りの「声」で1歩ずつ差別・偏見の解消につなげていきたい。

「ゆたかな学び」と「深い学び」(2020.5.29)

 先日、サークルの仲間が授業つくりの話しをしている時に、「深い学びって、何やろうね」と、ボソッとつぶやいた。
 標題の2つの「学び」は、同じことを意味するのであろうか。前者は日本教職員組合の教育研究集会で使われている言葉であり、後者は文部科学省の出している学習指導要領で使われている言葉である。
 皆さんは、この2つの「学び」の違いがわかりますか。そもそも「学び」に違いがあるのでしょうか。
 どうやら「学力」と同じで、その定義は様々であって、一義的ではないようだ。
 だから、2つの「学び」が対立するかのように使われているのでしょう。
 ここで、OECDが実施しているPISAテストでいつも上位の国、フィンランドの教科書に対する考え方を紹介する。
 
 教科書は唯一正しい知識の集成というものではなく、1つの良質な資料・案内であるから、公権力による検定もなく、自由採択となる。また、教科書を使って学ぶことはあっても、何が何でも教科書を学ぶ、教科書を学ぼうという姿勢は必要なくなる。国には知識を管理しようとする発想はない。もちろん考え方も同様である。
 
いかがであろうか。今の日本の状況と比べてみてほしい。私には、真逆のように感じる。
 「グローバル教育を」と言いながら、今の日本は全てを管理統制しようとし、全国学力テストの結果の向上を強制し、テストの点数の上昇のための「授業」を全国画一的にやらせようとしているような気がしてならない。
 '06教育基本法第16条を盾に、様々な教育施策を打ち出してはいるが、全てどこかの企業が儲かるようなことしかしていない気がしてならない。子どもたちのことを全く考えていない状況だと思う。
 別府市内のA中学校の校舎の壁に、今は亡きB先輩がかいたレオナルド・ダビンチの「最後の晩餐」の未完成の模写の作品がかざられている。その学校に在職している間、毎日のようにそれをながめていた。誠実で、一途(いちず)に子どもたちと向き合い、教育活動を実践していたB先輩を思い出していた。
 レオナルド・ダビンチはイタリアのルネサンス期を代表する万能の天才である。この天才の評伝「Leonald da Vinci」の中で、その著者がレオナルド・ダビンチから「学びとったもの」を列挙しているところがある。
 以下に、記してみる。
 
 ・絶えず好奇心を持つ。           ・完璧を良しとしない。
 ・知識自体を探求する。           ・目で考える。
 ・子どもらしい驚嘆心を保持する。      ・縦割りを避ける。
 ・自分の目で見る。             ・空想にふける。
 ・細部から始める。             ・支援者のためでなく、自分のために創造する。
 ・見えざるものを見る。           ・協働する。
 ・不思議に思うことを純粋な興味から探る。  ・目録をつくる。
 ・横道にそれる。              ・メモをとる。
 ・事実を伝える。              ・未知に目を向ける。
 ・先に伸ばす。
 
 これらは、教師に当てはまるが、教師が創る「授業」の中で子どもたちに体得させたい内容であると思う。やはり天才は違う。
 子どもたちをとりまく教育環境を整え、充実させて、どの子も「学び」のある楽しい授業に参加できるようにしたいものである。

復帰48年 5・15平和アピール(2020.5.20)

 第2次世界大戦敗戦後、昭和天皇の書簡により米国統治下になった沖縄県民は、27年間圧政に苦しみ続けてきた。そして、安倍晋三首相の祖父、佐藤栄作元首相による米国ニクソン元大統領との「沖縄核密約」により、1972年5月15日に、「日本に復帰」」した。両首脳の署名入りの合意議事録を佐藤氏の遺族が保管していたことが2009年に分かった。
 「基地のない平和な沖縄」の実現を望んだが… 過重な米軍基地負担は今も続いている。1972年当時、米軍専用施設の面積の割合は、沖縄58.7%、県外41.3%だった。基地返還が県外と比べて進まず、国土面積の0.6%に過ぎない沖縄に、今は米軍専用施設の70.3%が集まっている。さらに、自衛隊施設は、2018年現在で、47施設・713.6㌶と復帰時の実に約4.3倍だ。全くもってひどい状況だ。
 
 1978年に始まった「5・15平和行進」、43回目の今年は、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、初めて中止となった。発表された「復帰48年 5・15平和アピール」、文の中に次のように記されている。
 
「私たちが復帰にめざしたものは、平和憲法下への復帰でした。そこには、基本的人権・国民主権。地方自治、何よりも軍備と戦争放棄が謳(うた)われています。今、その憲法は集団的自衛権の行使容認、安保法制、共謀罪など切り裂かれてきました。それでも、まだ憲法は生きています。「政府の行為によって、再び戦争の惨禍が起こることのないよう」に、沖縄から為政者に守らせなければなりません。
(中略)
 復帰48年目に誓います。沖縄をアジアの軍事の要石(かなめいし)から平和の要石へかえていくことを。それが県民の長年の希望であります。平和のための万国津梁(しんりょう)の架け橋となることを。」
 
 先日、"日米安全保障”についての世論調査がTVから流れていた。それによると、強化、維持は合わせて73%、改定、廃棄は25%であった。73%の方々は、「軍事の島」で生活せざるを得ない沖縄県民の日常に思いをはせることができないのであろうか。
 基地による事件・事故の誘発は、沖縄県によると復帰後、米軍航空機関係は「811件」、米軍人・軍属などによる刑法犯は「6029件」、暴行・殺害事件など凶悪犯は「580件」にのぼる。直近では、米軍基地にないと防衛省が公言している有害物質(有機フッ素化合物PFOS(ピーホス))を含む泡消火剤が、米軍普天間基地から大量に漏出する事故が起きた(2020.4.10)。
 国内法では、通常「原因者」の責任で回収するが、日米地位協定には規定がない。米軍は回収作業にあたらず、被害を受けた地元の宜野湾市消防が作業にあたらざるを得なかったのである。
 このようなことが大分、いや本土各県で起こったらどうであろうか。
 今、「ニューノーマル」が叫ばれている。我々は、政府が出した「検察庁法改正案」に注視したように、「日米安全保障」のあり方にも関心を寄せる必要があると思う。沖縄のことは、沖縄だけの問題ではない。沖縄の痛みに寄り添わなければ…。

Essential Workers ~「も」ではなく、「が」なんです!~(2020.5.14)

 コロナウイルスの猛威が世界中の人々を苦しめています。一刻も早く「ワクチンや新薬」が開発されることを願うばかりです。でないと、第2波、第3波がくりかえされそうです。
 日本では、国内での人の移動により、コロナウイルスが蔓延してしまい、「緊急事態宣言」発令中です。TVから流れてくるデータの意味から考えれば、連休中の国民の動向の効果は、2週間後の5月20日以降にならないと判断ができないと思われます。
 なぜ、政府は、より科学的なデータを示さないのでしょうか。察するに、もとうとしていないのではないかと思います。悪く言えば、なるようになるさっていう考えではと思えてなりません。「やります!やります!」と、国会で2カ月間同じ答弁を安倍首相がくりかえしているからです。具体的には、例えばPCR検査センターはいまだ…。医療従事者への支援は…不足。
 今、発令されている「緊急事態宣言」は、5月末まで延長されます。とりあえず、5月いっぱいは県をまたいでの人の交流はこれまで通り厳禁。ここをゆるめたら…、同じことをくりかえすことになると思われます。
 さて、休業要請をしておきながら、休業保障支援が遅々としてすすんでいない状態ですので、倒産や廃業がニュースとして流れ始めています。このままでは自死をする方々が多数出てくるのではと危惧されます。税金は首相個人のものではありません!!首相に送り返すつもりですが、私のところには、まだアベノマスクは届いておりません。予想通り、アベノマスクに疑惑が浮上しています。当然、支援金も届いておりません。支援金は、不織布マスクに替えて、近くの保育所に寄付します。
 苦しんでいる方々が、どんどん苦しくなっているようです。外国人の方々の雇止めが多数発生しています。日本のために働いてくれているのに、何の支援もされない。呼んでおいて、実にひどい仕打ちです。
 いったい、日本のリーダーは何を考えているのでしょうか。全く責任をとろうとしない。
 さらに、TVからひどいニュースが流れてきます。医療関係者だけではなく、自分の命を危険にさらしながら働いてくれている、働かざるを得ないエッセンシャルワーカーと呼ばれる方々に対する差別的な言動です。諸外国では、一国の大統領や首相も含めて、感謝の意を国民とともに表しているのに、もちろん日本にも広がっています。私もTVみながらやっています。
 こういう状況を見て、TVのあるコメンテーターが「これ日本です」とまとめましたが、私は「これ日本です」と言いたい。日本の過去の為政者が醸成してきた日本国民に染み付かせた風土です。このつくられた風土が、今の日本の中にたくさんの差別・偏見をつくり出しています。この風土をうまく安倍政権は利用しているのです。
 2月下旬以降の安倍政権の様子をみていると、
   ・欲しがりません、勝つまでは。
   ・大本営発表のような発言。
   ・五人組制度。        が頭に浮かんできます。
 「日本国民のためにできることはすべてやります」と同じことをくりかえすばかりです。多分、今は心の中で、「しめ、しめ」と思っているに違いありません。
 

替え歌「うそ」(2020.5.7)

私の心情にピッタリくるM.Mさん(75歳)作詞の替え歌を紹介します。
 
替え歌「うそ」
 
泳ぐ目玉の揺れ方で
あなたのウソがわかるのよ
うまい悪事を思いつき
バレたのね
 
ああ~8年余りの政権で
ああ~トランプ通いがよく似合う
もりかけ桜見カジノまで
まわりが始末に困るよな
悲しいウソがつける人
 
あなた残したわるいくせ
なんでも閣議決定で
国会 憲法 ふみにじり
知らん顔
ああ~安保法制なしくずし
ああ~昭恵夫人は私人です
 
説明丁寧いたします
国会出席しぶりながら
冷たいウソのつける人
 
ああ~みっともない憲法と
ああ~ミサイル爆撃気をつけて
 
あなたの命を守ります
国民ほろりとくるような
優しいウソのうまい人
 
 これに続けて、みなさんも自宅で作詞をしてはどうでしょうか。少しは気がまぎれると思いますよ。
 

信 頼(2020.4.30)

 中国の武漢から始まり、全世界に3カ月ほどで蔓延した新型コロナウイルス!! すでに260万人に感染拡大し、17万人の方が亡くなっている。今、必死に各国のリーダーが収束に向けて、対策をたて、とりくんでいる状況である。もうすでに、その対策により、台湾や韓国では、収束しつつ終息に向かっている国もある。
 毎日TV報道を見ているが…、我国はどのような状況なのであろうか?科学的な分析に乏しく、ハッキリとしない。
 先日も専門家会議が開かれたが、公表された10項目は、当たり前の事柄ばかりで、現時点でコロナ対策についてのトップレベルの会議からの発出とは、とても思えないものであった。
 政府から発出されるものは、曖昧模糊とした表現ばかりで、同調圧力を利用した精神論ばかりの強調である。だから、国民に"不満と不安”がひろがるのだ。
 安倍首相の会見には、熱意や切迫感が感じられない。さらには、一部の側近との話しで物事を決め、2.26の「スポーツ・文化イベントなどの2週間の自粛」要請や、2.27の「春休みまでの全国の小中高校の一斉休校」の要請などにみられるように、専門家の意見も聞かずに独断で決めたがために、大混乱をまねいてしまうしまつである。
 最近、各国のリーダーの発信に、「う~ん、なるほど」と思わせるものを感じることがいくつかあった。そんな中で、さすがと思ったものがあった。それは、ドイツのメルケル首相である。同じ思いを抱いた人が多かったのではないだろうか。ワイツゼッカーばりの迫力があった。ドイツの戦前・戦後の歴史をふまえて、自身の言葉で かつ 科学的見地から国民に、「忍耐と協力」を仰ぐ(あおぐ)会見には、実に説得力があった。国民一人ひとりのいたみがわかったうえでの、"個人の規制と支援”がセットの対策を打ち出しているからである。ドイツで音楽活動をしている日本人の女性が言っていた。収入0になり、支援金の申し込みをすると、2日後には口座に60万円が振り込まれ、安心して生活ができていると。国民の70%以上の人が支持しているのもうなずける。
 一方、安倍首相の会見は、プロンプターに映る歯の浮くようなフレーズ満載の原稿を棒読みし、質疑応答でも下を向いてメモを読む場面が目立つ。説得力0である。本当に国民一人ひとりの"命と生活”を守ろうとしているのだろうか。
 アベノマスクに代表されるように、一言で言えば、「場当たり政策、暮らしへの想像欠く」である。
 また、NHKに代表される報道にも、不満が爆発しそうである。政府のコロナ対策はどうなのか、しっかりと検証し、真実を国民に伝えてほしい。責任を果たしてほしい。あるTVコメンテーターが言っていた。「国民を信頼しないリーダーが、国民に信頼されるはずがない」と。悲しいかな、現実である。
 税金は国民一人ひとりのものであるはずだ。勝手に私事に湯水のように使われては困る。こんな時こそ、税金を国民のために、最大限使ってほしい。

APALA 沖縄訪問                           2020.4.23

Okinawa : A brief introduction
                                                                                    October 19,2019
"APALA Okinawa Vistation" Document Ⅰ  
 
 The azure blue skies and the ocean of seven colors adorn a green landscape rich with flowers all year round. The nature of Okinawa inspires a host of poetical associations in people's minds.It deeply impresses the tourists and has also greatly influenced tha feelings of the Okinawan people.
で始まる。
 
 沖縄について語っている"日本語訳と英語訳”が教育総研に資料としてあります。英訳は、大学のスタッフが担当し、「ネイティブチェック」も済んだものです。
 中学校や高校の英語科の先生方、読み物として、平和教育の教材として、授業で活用してはどうでしょうか。
 資料は、大きく6つの分野で構成されています。
  1.沖縄の紹介と歴史
  2.戦後、沖縄の米軍支配と基地
  3.普天間の歴史と現状
  4.辺野古の歴史と現状
  5.宮森小Z機墜落事故
  6.沖縄は移民の島
となっています。
 
 The islands of Okinawa are isolated by the sea.Being hit by typoons,the lives of the people are sometimes hard.However,they have long encouraged and helped one another to overcome such hardships.Mutual assistance is a part of their long tradition.
 
 教職員だけでなく、英語に興味をお持ちの方もどうぞ。
 
 Okinawa separated from Japan
 
 Some areas of Okinawa,after first being secured by the U.S.military were immediately placed under U.S.administrative control --even while war was still taking place.
 
 当時の貴重な写真等も添付されており、十分に教材として活用できるものと思います。
 
 The marine Corps,which accounts for about 60% of current U.S.military facilities in Okinawa,did not have a continuous and uninterpreted presence on the island.
 
 資料は無料でお渡ししますので、必要であれば教育総研までご一報ください。
 
 沖縄の過去と今を知る良い機会になると思います。   

ツールで簡単にチェック -"うっかり”失効の防止!!-             2020.4.16

 2009年度から実施された教員免許更新制度が11年を経過した。文部科学省は、"うっかり”失効を未然に防ぐために、免許更新期限などがパソコン上で確認できるツールを公開している。
 文部科学省のホームページからダウンロードできるこのツールは、免許状所持者の生年月日などを入力するだけで、有効期限んが確認できるしくみになっている。
 2018年3月末が起源の修了確認では、国公私立学校の教員9万1602人のうち、失効状態の教員が239人確認されたそうだ。
 旧免許状所持者の確認期限が2020年度末にあたるのは、年度末に35歳・45歳・55歳である。
 あなたは大丈夫ですか?

一喜一憂                                  2020.4.1

"子どもの権利に関する条約”をご存じでしょうか。
 1989年11月20日に、国際連合総会第44会期で採択されました。(100年前の1889年2月11日には、欽定憲法として「大日本帝国憲法」が発布されています)
 そして、1994年4月22日に、日本は"子どもの権利条約”を批准しました。
 
 第1部第1条に<子どもの定義>がかかれています。
この条約の適用上、子どもとは18歳未満のすべての者をいう。ただし、子どもに適用される法律の下で、より早く成年に達する場合は、この限りでない。
とあります。第54条まである条約です。
 
 また、この前文には、
…国際連合が、世界人権宣言において、子どもの時代は、特別のケアおよび援助を受けることを宣明したことを想起し、家族が社会の基礎的集団として、ならびに、そのすべての構成員、とくに、子どもの成長および福祉のための自然環境として、その責任を地域社会において、十分に果たすことができるように、必要な保護および援助が与えられるべきである…
とあります。
 
 今の日本の「子ども」たちをとりまく「環境」は、この条約の願いから非常に遠いところにあるのではないでしょうか。
 競争させられることによって、あるいは、早い段階から「求められる資質・能力という篩(ふるい)」にかけられるシステムが作り上げられ、「子どもの人格の全面的かつ調和のとれた発達」をめざすから程遠い「教育環境」に子どもたちはさらされていると思います。
 
 子どもの健全な成長を妨げる劣悪な教育環境は非常にたくさんあると思いますが、今回は「学力テスト」について考えてみます。今年の全国学力・学習状況調査は、新型コロナウイルスの猛威のため、4月16日実施が「延期」されている状況ではあるが…。見送りではない。これについては、初期の目的は達成されているので、そろそろ専門家が述べているように、何年かおきに、悉皆(しっかい)ではなく抽出方式に切り替える時期であると思います。
 1回の実施につき、約50億円がかかる状況で、費用対効果の面からも疑問を感じます。さらには、結果の活用についても、大いに疑問を感じざるを得ません。
 
 公立学校の教育内容は、文部科学省が作成する"学習指導要領”によって規定されています。この学習指導要領は10年に1回改訂されています。近年、この改訂の際に、大きく影響を与えているテストがあります。それは、経済協力開発機構(OECD)が実施している学習到達度調査PISA(ピサ)テストです。
 1つのテストで、子どもたちのもつ力を測ることは難しいことですが、「〇〇リテラシー」と銘打って、第1回は2000年に高校1年生を対象にスタートし、以降、3年に1度実施されているテストです。
 日本が参加している国際的なテストには、国際教育到達度評価学会(IEA)が実施する「国際数学・理科教育動向調査(TIMSS)」とPISAテストがあります。「TIMSS」には、1964年から参加してきています。
 「TIMSS」が、学校教育で学習した知識や計算などの技能を出題しています。一方「PISA」は、知識の有無や知識の操作を出題の半分とし、あとの半分は、「知識と能力、経験をもとに将来の実生活に関する事柄にいかに対処するか」などに関して、「自分で答えを作り上げ、文章あるいは語句で、それを表現する自由記述式」の問題を出題している。実践力や思考力を表現する力が、社会的に有意義な指標になるとOECDは考えているようです。
 
   学ぶことは自分のためだ!
 ちなみに、PISAテストで、常に上位にいて、世界中の教育関係者から注目を浴びている国があります。それは北欧の国、フィンランドです。
 フィンランドでは、競争がなくても子どもたちはそれなりに勉強しているといいます。社会も学力競争を強いたりしません。教師も子どもを叱ったりして、勉強を強制するような手段をとりません。子どもたちには、「学ぶことは自分のためだ」という意識が徹底しているようです。そのように子どもたちは、家庭でも、学校でも育てられています。
 結果として、教育の成果が、経済活動にも深く結びついていて、政界や経済界からも高い評価を受けているのが現状です。
 日本の教育とフィンランドの教育は、どこが、どう違うのでしょうか。
 これからの日本の教育のあり方を考えるために、フィンランドの教育の特徴をまとめておきます。
 
   フィンランドの教育の特徴
 フィンランドの教育の特徴は4つにまとめられます。
 
 第1に、「一人ひとりを大切にする平等な教育がなされている」
 まず、16歳までは、選別されない教育が実行されています。教育の基本は序列ではなく、一人ひとりの発達を支援することです。
 さらに、社会にはどのルートを通っても、学ぶ気になれば、だれもが、いつでも学べる学校教育制度がつくられ、学習を保障する社会的なシステムが整えられつつあります。
 
 第2に、「子どもが自ら学ぶことを教育の基本に据えている」
 競争などで学習を強制しない。あくまで自らが学ぶことが基本です。したがって、子どもたちは、授業の中であっても休む自由も与えられています。グループ学習、教え合いを大切にし、マイペースで学べるよう工夫されています。これは、「異質生徒集団方式」と「社会構成主義的学習」という教育学理論として表現されています。
 
 第3に、「学校教育が最大の効果をあげられるよう教師を専門家として信頼し、教師が働きやすい職場をつくっている」
 そのために、国の教育管理権限を最小限にし、地方自治体と学校、一人ひとりの教師に教育の権限を移譲しました。教育行政は、授業を行い子どもの成長を総合的に支援するという専門性を教師が身につけ、それを発揮できるように教師を援助することに徹しています。
 学力調査などは、子どもと教師の支援に使われ、学校や教師の出来・不出来を公表したりはしません。
 社会全体が教師を尊敬していて、教師とともに問題解決していこうとする姿勢があります。
 
 第4に、「権利としての教育を、福祉としての教育が包み込んでいる」
 小学校から大学まで、授業料は無料だが、それだけではなく高校までは、教材や教具(ノート・コンパス・鉛筆などの学用品)、給食、通学費など、さまざまな学習環境が無料なのです。また、高校生や大学生の下宿代には補助金がでます。
 学力を上げることが第1の目的ではなく、子どもが満足し、充実する学校生活が主要な教育課題として設定されています。
 福祉社会であるがために、教育の成果が社会のものとして生きてきます。
 
 続く

一喜一憂(続き)                              2020.4.8

 あらためてまとめてみると、フィンランドの教育は、日本国憲法に、そして’47教育基本法(1947年3月31日施行)にかかれていることを具現化しているように感じます。うらやましい限りです。
※ ’47教育基本法は、2006年12月22日改訂されました。
’06教育基本法の第16条をご覧ください。
 
 それにひきかえ、日本では、フィンランドのような施策がとられているようには思えません。なぜなんでしょうか。
 
 次は、PISAテストの結果を紹介します。
 
   本当に、日本の子どもたちの学力は低下していたのか⁉
 
 2012年、第5回PISAテストの結果が出た時に、読売新聞は
ゆとり教育からの転換で、学力が着実に向上していることを示した。
と報じました。この報道に対して、池上彰さんが次のような記事を書いていました。
 
「PISA調査結果は、ゆとり世代の成果」
新聞ななめ読み(朝日新聞朝刊 2013年12月10日)
学習到達度調査(PISA)発表、うのみにしないで。
「ゆとり教育」の慎重な分析がないまま、「脱ゆとり教育」の成果だと論じてしまうのは、「自分たちの成果だ」と誇示したい文部科学省(安倍政権)の発表に誘導されたものではないでしょうか。
発表をうのみにせず、論理的に分析するPISAが求める学力を記者たちは持っているのでしょうか。
ここで、話題になっているPISAの結果を表にまとめてみます。
 
学力調査の順位、騒ぎすぎていませんか?
  PISA 生まれ 1984 1987 1990 1993 1996 1999 2002 2005    
2000 第1回   高1               移行期間  
2001                        
2002   ゆとり   中3 小6 小3         学習指導要領改訂 学校5日制
2003 第2回   高1     小1          
2004                      
2005                      
2006 第3回     高1              
2007                     全国学テ(悉皆)
2008         中3 小6          
2009 第4回       高1            
2010                     ※抽出
2011   脱ゆとり                 学習指導要領改訂  ↓(中止)
2012 第5回         高1          
2013                   ※悉皆
2014                      
2015 第6回           高1        
2016                      
2017                      
2018 第7回             高1      
2019                      
2020                     学習指導要領改訂  
2021 第8回                 高1    
 
2000 第1回 脱ゆとり 2000 2003 2006 2009 2012 2015 2018 2021 学習指導要領改訂 全国学テ(悉皆)
学習指導要領        ゆとり   脱ゆとり 学習指導要領改訂全国学テ(悉皆)
OECD加盟国(カ国) 28 30 30 34 34 35 37
読解力(位) 8 12 12 5 1 6 11
 
☞ 2002 学校完全5日制スタート!! ゆとり教育スタート!!
☞ 2003 大分県学力状況調査(学力テスト)スタート!!
☞ 2007 全国学力学習状況調査(全国学テ)スタート!!
☞ 2010 全国学テ抽出で実施(~2012)
☞ 2011 東日本大震災:全国学テ中止
☞ 2016 熊本地震:全国学テ一部見送り(中止)
 
OECD内における日本とフィンランドの順位比較
  読解力 科学リテラシー 数学リテラシー 参加国数
日    本 フィンランド 日    本 フィンランド 日    本 フィンランド  
第1回
2000
28
第2回
2003
12 30
第3回
2006
12 30
第4回
2009
34
第5回
2012
34
第6回
2015
35
第7回
2018
11 11 37
 
   脱ゆとり教育の成果?
 表を見て、お気づきでしょうか?
 PISAテストの順位が上昇した2009年第4回の子どもたちは、小学校3年から中学校3年までの7年間「ゆとり教育」を受けています。
 また、2012年第5回の子どもたちは、小学校1年から中学校3年までの9年間「ゆとり教育」を最も長く受けた子どもたちです。「ゆとり教育」を受けた子どもたちが、さらに順位を上げているのです。
 ところが、「ゆとり教育を受けた子どもたちの成果だ」と知らせなければならないのに、政府・文部科学省は伝えていないのです。なぜなんでしょうか?
 
   一喜一憂しないこと!
 2012年第5回調査の対象者は、小学校1年から中学校3年まで、授業時数が最も少ない「ゆとり教育」(2002~2011)を受けた世代です。むしろ、2018年第7回調査の対象者こそ、授業時数を大幅に増やした「脱ゆとり教育」の世代です。だから、読解力は「ゆとり教育」で上がり、「脱ゆとり教育」で下がったともいえます。
 しかし、そもそも読解力テストは、文化バイアスが大きく出ます。2018年の成績低下は、単に問題文が日本の子どもたちになじみのない内容だったかもしれません。3年後には、成績急上昇ということもあり得ます。
 要は3年スパンで上がった、下がったと一喜一憂しないことです。
 
   教育は国家百年の計!
 大切なことは、フィンランドの教育の特徴にも書かれているように、日本の将来を担う子どもたち一人ひとりが自分の将来のために必要な学習が十分できるように「教育環境」を整え、支援していくことだと思います。
 今の日本(政府・文部科学省)の教育行政機関がとっている教育施策が、本当に子どもたちのためになっているのか注視し、よりより施策になるように改善を求めていかなければならないのではと思います。
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大分県教育文化総合研究所
〒870-0951
大分市下郡496-38教育会館2F
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